中橋公館(芝居)

評価★★★★☆

紀伊国屋ホールで上演

真船豊作品を観るのは、シス・カンパニー公演「鼬(いたち)」以来となる。人間の醜悪な部分をさらけ出し、痛々しいほど見せつける作品だった。「中橋公館」にはよりポジティブな印象を受けるが、人間存在の核心に向ける真船の眼差しはやはり鋭い。

「鼬」の役者陣は、白石加代子鈴木京香をはじめ演技派揃いで、作風も相まって負の感情が熱風のように激しく渦巻いた。

本作では、市井の人々のありふれた日常が、文学座らしい自然体で演じられた。大ベテランから研修生まで統一感のとれた演技によって、敗戦直後の北京で暮らす日本人家族の揺れ動く様が浮かび上がった。

中橋家の主で老医師の徹人(石田圭祐)は、家族を顧みることなく、アヘン中毒の治療に邁進してきた。息子勘助(浅野雅博)は不満を持ち、たまに帰ってくる父とぶつかる。物わかりのいい母(倉野章子)としっかり者の三姉妹が、見守る。

仙人のような風貌の老医師は、使命感を持った生き方を貫く。困っている人を見捨てるわけにはいかない。慈愛の精神が感じられるものの、一番身近にいる家族に対して犠牲を強いるのは皮肉だ。古今東西、大事をなし得た人にはありがちな状況と言えるかもしれないが…。

そんな父とは対照的に、家族に尽くすのが三姉妹だ。夫との生き別れ・子宝に恵まれず出戻りの下2人と、良妻賢母の長姉。それぞれに境遇は異なれど、家族を思う気持ちは同じだ。

末妹の愛子を演じた吉野実紗は、持ち前の明るさでムードメーカー役を果たした。岡本かの子など癖のある役どころも力強く演じきる、文学座若手女優のエース的存在。本作でも、とりわけ存在感が光った。

父親と三姉妹の間に置かれ、苛立つ勘助の心持ちは理解できる。跡取りとしての立場がありつつ、剛健な父とは違い病弱のため葛藤する日々だ。

敗戦によって日本人への風当たりが強まる状況下、引き揚げか残留かの大きな決断と向き合い、家族を守ろうと奔走する姿は、ストレートに心に響く。

息子がそんな状態でも、モンゴルに行きたいと自分の生き方を貫く父。性別の違いこそあれ、「女の一生」で杉村春子が見せた人生の大義を感じさせる。

円熟味を増した石田圭祐の演技からは、全てを達観して無の境地に至った男の哀愁が漂う。名優への階段を着々と登っている。